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「はじまりは床屋の丁稚奉公からです。10代半ばの頃でした。でも本当は洋服のデザイナーになりたかったんですよ。ただその時代は周囲の環境がそれを許してくれなかった。“男がやる仕事じゃない”といわれましてね。なにせ僕のウチはおそば屋さんだったものですから(笑)」
――で、同じヘアデザインでも美容のほうをやろうと思ったのは?
「床屋は職人気質というイメージがあるせいか、マァこれだったら親も納得してくれたんです」
――理容から美容へ転向した頃のことをもう少し…
「住み込みで5年間こつこつとやってましたが、もともとファッション志向が強かったので、しょっちゅう欲求不満を起こしてました。ちょうどそのころ、ビートルズの影響を強く受けましてね。マッシュルームカット、それにタイガースに代表されるグループサウンズの長髪ルックが登場、男が美容院に行ってもおかしくない風潮になってきたんですよ。そんなわけで20歳の時に床屋を辞めて、美容学校へ入学、その後は、カットは床屋時代の修行で技術的には積み上げたものがありましたから美容サロンに入っても割にトントン拍子で腕を上げていきました」
――そのように一生懸命やってきた60年代後半から70年代にかけてはどんなおしゃれをしていましたか?
「ロンドンブーツ、パッチワークにラッパズボン、目新しいものには全てトライしました。仕事が退けたら、先端ファッションに身を包んでゴーゴーで踊りまくる、そんな毎日でしたよ」
――おしゃれのセンスを磨くコツは?
「似合いそうにないものでも、好きであれば買って冒険してみることです。そして20代のうちに自分のおしゃれを確立しちゃうんですよ」
――着こなしのテクニックは?
「ヘアメイクをデザインするのと同じ感覚でやります。たとえばトップとボトムの分量を考えたり、重ね着にしても中とのバランスが大切、また色と色の配分を工夫したり、いわば仕事の楽しい延長戦のようなものですね」
――サロンでお客様にヘアスタイル以外でアドバイスすることもありますか?
「美容師はトータルコーディネーターであると思っていますから、その方の好みの服やライフスタイルなどを聞いた上でアドバイスさせていただくこと、よくありますよ。
お店の名前はパークストリート。お店を出したのは23年前の30歳の時。
渋谷・公園通りがファッション・ストリートとしてにわかに脚光を浴び始めたのもこの頃でした。 |